トルコの世界遺産候補地

ブルドゥル:サガラッソス遺跡 

世界遺産登録申請日: 200926
参照番号: 5409
カテゴリー: 文化


ブルドゥル県アグラスン市に位置するサガラッソス遺跡はリゾート地アンタルヤの約110キロほど北に位置しています。

 1990年にはじまる大規模な発掘は、ヘレニズムならびにローマ時代の建築物がほとんどでよく保存されています。9000人を収容することができる大劇場もありました。そのほかには多くの岩に装飾が施されている墓や図書館、市議会室、浴場、寺院、アゴラや泉などがありました。アレス、ヘラクレス、ゼウス、アテナやポセイドンをはじめ、ハドリアヌスやマルクス・アウレリスのような皇帝達の大理石の彫刻が発掘で多く見つかっており、修復作業がなされています。

 

コンヤ:チャタルホユック

世界遺産登録申請日:200926

参照番号: 5410

カテゴリー: 文化

ジュムラにあるチャタルホユックはコンヤの南45キロの場所に位置する紀元前10世紀から8世紀にかけての中央アナトリアに位置する新石器時代の集落であり、世界で最も古い集落の一つと言われています。チャタルホユックの都市化は7~11層にわたっています。その当時は各家が自身の壁をもっており、壁を別の家と共有することはありませんでした。また泥で作られた家の入り口は屋根にあったということが考古学者の調べによってわかっています。アンカラにあるアナトリア考古学博物館にはここで見つかった有名な母神・キベレ像をはじめとした黒曜石や粘土でできたオブジェ、ならびに新石器時代のフレスコ画が展示されています。チャタルホユックにある壁装飾は第10層と11層から見つかっています。最も美しく洗練されているものは第5層と7層に属しています。旧石器人によって始められたこれらの伝統的な装飾は、狩猟時に幸運をもたらすものと信じられていました。のちの時代になって、家の装飾には鳥や幾何学模様が施されていたことがわかっています。

 

アンタルヤ:ペルゲ遺跡 

世界遺産登録申請日200926
参照番号: 5411
カテゴリー: 文化 


ペルゲはパンフィリア地方に古くから栄えた都市で、アンタルヤの東18キロに位置するアクス村から2キロの場所に位置しています。ペルゲ遺跡は1946年よりイスタンブール大学のチームによって発掘が進められています。ペルゲは聖パウロが彼の巡礼旅行中の46年にに立ち寄ったことでも知られており、そこで最初の伝道をおこなったと言われています。そのためビザンチン時代にはキリスト教世界のなかで重要な都市と数えられていました。最初に発掘が始まったとき、3つの主なセクションから構成された23の貴賓席をもつステージの長さが52メートルもある、約12000名を収容することができたスタジアムが発掘されています。

アゴラは商業と政治の中心地として使用されており、周囲を店に囲まれた中庭にはモザイク画がいくつか残されています。アゴラは円形の構造をもっており、76平方メートルに及ぶ、中央直径は13.4メートルもありました。

ヘレニズム門とアクロポリスの斜面にある体育館との間は列柱で囲まれた大通りが走り、幅が20メートルもあり、まわりは商店がつくられていました。;また通りの中央には約2メートルの幅で水路が通っており、道を2方にわける役目もしておりました。

他にはネクロポリスや市壁、体育館やローマ劇場、記念の泉やギリシアやローマ時代の門で構成されています。

 

アイドゥン:アフロディシアス遺跡 

世界遺産登録申請日200926
参照番号: 5406 
カテゴリー: Cultural


アフロディシアスはトルコの南西、ダンダラス川の支流沿いのエーゲ海から約150キロの場所に位置しています。古代ローマ時代にはカリア地方の首都として機能しており、美と愛の女神・アフロディーテの名がつけられています。

古代アフロディシアスはギリシアならびにローマ時代の最も重要な遺跡の一つであり、アフロディーテが町の守護女神でもあるこの町は、紀元前2世紀ごろから存在しえとり、その後6世紀まで栄えていました。アフロディーテ神殿は一部が修復されているもののよく保存されており、古代の繁栄した様子を伺いしることができます。アフロディーテは大劇場、スタジアムや他の構造物などで構成されており、横には博物館で出土品などの展示がされています。


アンタルヤ:テルメッソス国立公園 

世界遺産登録申請日2000225
参照番号: 1412
カテゴリー:文化


アンタルヤ県にあるギュルルック山国立公園は山々の間の隠れた谷間にあります。標高1050メートルに位置する古代テルメッソスはプシディア地方に住んでいたソリムスによって発見されました。またホメロスが叙事詩イリアスの中Bellerophonの伝説からも知られています。 この国立公園の中で最もよく保存されているのは市壁、塔、王の道、ハドリアヌス門、体育館、アゴラ、劇場、オデオン、装飾の施された墓などです。また下水道も完備されていました。また別の特徴としては、地中海独特の木々や山ヤギや鷹などが生息する段々状の岩壁です。

 

アンタルヤ:リキア文明都市群 

世界遺産登録申請日200026
参照番号: 5408
カテゴリー: 文化


古代リキアはトルコの地中海、テケ半島に位置していました。古代リキアは南を地中海、西はカリア、東はパンフィリアの国々に囲まれていました。リキア文明は紀元前5世紀から4世紀にかけて、ヘレニズム時代からローマ時代までの間に繁栄し、その多くの遺跡群でも有名です。紀元前2世紀のエジプトならびにヒッタイトの文献によると、リキアはルカまたはルッカと呼ばれていて、ヒッタイト王スッピルリウマが紀元前14世紀にリキアを征服したと書かれています。またカデッシュの戦いでは‘海の民族’として記載があります。歴史家によると‘ルッカ’は‘光の国’と呼ばれ、リシア王アンティオコス3世によって紀元前2世紀の終わりから中ごろにかけて征服されました。紀元前1世紀の中ごろ‘リキア連合’は23の町により構成されていました。この連合は歴史上で最初の民主主義連合として知られています。主な国としてはパタラ、クサントス、ピナラ、オリンポス、ミュラやティオスなどで、のちにファセリスもこの中に加わっています。これらの国々はその整った町なみや硬貨の製造をおこなったことで知られており、この地域の岩肌には岩でつくられた王墓が今日でも残されています。しかもリキアは女神レトならびにその子供アポロとアルテミスの礼拝の中心地でもありました。

 

アンタルヤ:ケコワ 

世界遺産登録申請日:2000225
参照番号: 1411
カテゴリー:文化


ケコワは島・湾ならびに古代の町があった地域の名前であり、島に町をつくったことから島が地理的に移動し、町の半分が海に沈んでしまうという結果を招いてしまいました。その文化的特長からケコワは地理的に独特の構成をしており、その海岸線にそった地域の美しい景色がケコワをさらに傑出したものとしています。

 

アール:イサクパシャ宮殿 

世界遺産登録申請日2000225
参照番号: 1410
カテゴリー: 文化

イサクパシャ宮殿はトルコのアール県、ドゥーバヤジット市に位置する宮殿で、1685年にこの地方の権力者チョラック・アブディ・パシャによって建設がはじまりました。彼の孫イサクパシャが1784年にこの宮殿を完成させました。この宮殿は7600平方メートルの広大な敷地を持ち、オスマン帝国の伝統ではなく、むしろアナトリア地方、イランならびに来たメソポタミアの伝統様式にのっとって作られています。この様式は主にブルサ、エディルネ、ならびにイスタンブールのような首都にて用いられていました。イサクパシャ宮殿ではオスマン帝国の後期クラシック期にみられる西洋からの影響を受けた様式が組み込まれています。

 

タルスス 

聖パウロの教会、聖パウロの井戸ならびに歴史地区 

世界遺産登録申請日:2000225
参照番号: 1409
カテゴリー: 文化

タルススは聖パウロの生誕地として知られており、肥沃なチュクロバ平原に位置しています。ここはアントニオとクレオパトラが出会った場所として知られておりクレオパトラ門も残っています。聖パウロの井戸ならびに聖パウロ教会などがあります。聖パウロの井戸は古代タルススの聖人の家の上につくられており、伝説によると聖パウロはこの井戸からしばしば水を飲んだと言われています。 

 

 

ブルサ :ブルサとジュマルクズック 

世界遺産登録申請日2000225
参照番号: 1407
カテゴリー:文化


ブルサは紀元前200年にビティニアのプルシア王によってつくられた町でその後ローマならびにビザンチン帝国によって何世紀にもわたって治められた町でもあります。この町のもっとも重要な点はオスマン帝国の最初の政治的な中心地となったことです。合計127のモスク、45の墓、34の神学校、37の公共浴場やオスマン帝国の6人のスルタンによって作られた回転舞踊小屋などが残っています。ジュマルクズック村はウル山の北のふもとに位置しており、現在でのその歴史的な要素ではなく伝統的な生活様式をよく伝えています。

 

マルディン:マルディン文化的建築 


世界遺産登録申請日:2000225
参照番号: 1406
カテゴリー: 文化


マルディンは南東アナトリア地方の岩がちな地域になる町です。この町は中世に起源を持ち、城塞に囲まれた岩がちの斜面に経っています。このディアルバクルとマルディンの間の不毛の岩がちな場所は、シャンルウフファならびにガジアンテップの間の土地に似ています。この全体的に岩がちで、その土地特有の建築様式にのっとってつくられた町は、アナトリアの好例となっています。デイルルザファラン修道院はマルディンにおける現在でも東方正教会シリア派キリスト教徒の信仰の中心地のひとつで、メソポタミア平原における印象的な複合建築の例となっています。

 

セルチュク・ケルバンサライ :デニズリからドゥーベヤジットの間のセルチュク朝のケルバンサライ

世界遺産登録申請日2000225
参照番号: 1403
カテゴリー: 文化


ケルバンサライ(隊商宿)は、中央アジアから発達した社会的な機能を持つ新しい建築様式で、トルコのアナトリア建築の中にも取り込まれるようになりました。ケルバンサライは主にアナトリアの石の建築を用いたセルチュク・アナトリアの様々な様式が取り込まれています。山と砂漠の間を移動する旅行者に提供されたこのケルバンサライはその当時の最も快適な施設で、トルコではアウズカラハンやスルタンハンデニズリからドゥーバヤジットの間に約40のケルバンサライが存在していました。そのうちの10個ほどがよく保存されています。また、ケルバンサライは中央アジアのトルコ種族の生活様式に起源を持っています。初期には‘チャリティー’‘親切心’などの意味を持つムヤンルックと呼ばれる社会的な機構が存在していました。旅行者に食料や寝場所を提供していましたが、7世紀になるともっと複雑な機構に発展し、‘宿屋’と呼ばれるようになり、何百といるケルバンサライがアナトリアの大地に立てられるようになりました。またケルバンサライでは単にツーリストたちの宿屋としてではなく、彼らがつれている動物も同時に宿泊ができ、彼らが使った車両のメンテナンスや家畜のケアのためにも使用されていました。

 

ディヤルバクル :ディアルバクルの城塞 

世界遺産登録申請日:2000225
参照番号: 1402
カテゴリー: 文化


ディアルバクルの城塞はチグリス川の谷間100メートルのところに位置しています。ディアルバクルの旧市街はこの城塞に囲まれており、未だに中世の雰囲気を残しています。もともとの城塞はローマ時代に作られましたが、現在残るものはビザンチン時代のものです。16の塔と5つの城門があり、それぞれが碑文やレリーフで装飾されています。ダー門、ウルファ門、マルディン門ならびにイェニ門と呼ばれる4つのメインゲートがあり、玄武岩の城塞は中世の軍事建築の好例となっています。現在残っているものは高さ10-12メートル、厚さ3-5メートルのものです。

 

ビトリス :ウラルトゥとオスマン時代の要塞・アフラットの石墓 

世界遺産登録申請日2000225
参照番号: 1401
カテゴリー: 文化


アフラットはトルコの東アナトリア地方のビトリス県に位置する歴史的な町です。歴史をさかのぼると紀元前900年ごろにこの町はつくられ、12-15世紀にかけて有名な石墓がつくられました。その形とデザインは、アナトリア墓建築の多くの様式を取り込んだイスラム世界にとって重要な意味を持っています。アフラットの石墓のいくつかはアナトリアにおける初期トルコ様式の代表例で、単に技術的、装飾的な重要性をもつだけではなく、その地方の豪族などの名が記載されているために歴史的にも重要な意味を持っています。

 

シャンルウルファ :ハランとウルファ定住民 

世界遺産登録申請日:2000225
参照番号: 1400
カテゴリー: 文化


シャンルウルファは預言者の町として知られており、その上部メソポタミアの肥沃な土地はここで生活をしたと言われるヒオブ、ジェトロ、ならびに聖ゲオルゲやアブラハムの町として祭られていました。この聖なる町は宗教的な歴史に満ち溢れており、多くの公共建築が建てられました。そのほとんどは伝統的に石つくりです。ハランの古い町はイスケンデルからアンタクヤに通じる商業路上に位置しており、聖書にも出てくる町です。また最初の大学がつくられた場所としても知られています。伝統的な建築様式によるとんがり帽子の屋根の家々は独特のものです。

 

アンタルヤ/デムレ:聖ニコラウス教会 

世界遺産登録申請日:2000225
参照番号: 1399
カテゴリー: 文化


聖ニコラウス教会はリキアに属する古代ミュラに位置しています。その教会は4世紀に地中海地方の司教によって作られました。教会は地上階から地下に下がる形でつくられており、大理石のモザイクを使用した壁により教会が作られています。東方正教会のフレスコ画の残りやモザイクの床は興味深く、年輪を重ねた威厳に満ちています。

 

メルシン/ムット :アラハン修道院 

世界遺産登録申請日:2000225
参照番号: 1398
カテゴリー: 文化


アラハン修道院はムットから約20キロ、主要道路から約3キロ離れたムット-カラマン上に位置しています。この修道院はアラハンの小さな町から徒歩約1時間の距離にあり、いくつかの建物が増築されてつくられたものです。この一連の建築物は山側に沿って広がっており、幅30メートル長さ200メートル。

 

トラブゾン/マチュカ :スメラ修道院 

世界遺産登録申請日2000225
参照番号: 1397
カテゴリー: 文化


スメラはトラブゾン地方のマチュカに位置するアルトゥンデレ谷の岩間に建てられた複合修道院で、385年に建設がはじまったといわれています。19世紀までその建設は続いていました。アテネから来た修道院バルナバスとそのいとこ・ソフロニオスが岩の修道院の最初の二つの部屋を作り、ビザンチンの皇帝ユスティニアヌスが修道院にもっと優雅な装飾をするようにと命じています。この修道院は650年にビザンチン人により焼き燃やされてしまいましたが、その後修復され序所に広さを拡大していきました。その結果、最も繁栄した時代には72の部屋と図書館をもつものとなりました。

 

アンタルヤ:カライン洞窟

世界遺産登録申請日199421
参照番号: 666 

カテゴリー:文化


この洞窟はアンタルヤの北北西30キロの、西タルスス山脈の東スロープ上に場所に位置しています。考古学的な調査によるとこの洞窟は25000年の間、住居として使われていたといわれています。カバの骨や貝殻がファウナから見つかっています。ここは海底430メートルの世界で最も大きい石灰華平原です。地中海と内部アナトリアならびに湖水地方をつなぐ重要な通り道にこの洞窟は位置しており、内部は多くの部屋から構成されています。

 

イズミール/セルチュク:エフェソス 

世界遺産登録申請日:199421
参照番号: 665

 カテゴリー:文化

エフェソスはアナトリアの西海岸、現在のイズミール県セルチュクに位置する古代都市です。ペルシアロイヤルロードの基点となるこの町から、エフェスでの古代生活様式について多くのことが明らかになっています。また初期キリスト教において重要な役割を果たしており(ヨハネ教会や聖母マリアの家)、その港とつながった恵まれた地形によりエフェスはアナトリア地方の商業中心都市となりました。古代世界7不思議の一つとして知られているアルテミス神殿はこの小さな町の端に位置しています。セルスス図書館、大劇場、体育館、多くの寺院や浴場などが残っています。

アランヤ:アランヤ城と造船所 

世界遺産登録申請日:2000225
参照番号: 1405
カテゴリー: 文化


アランヤはアンタルヤから幹線道路上137キロの所に位置するアンタルヤ湾の東側に位置する町です。アランヤ半島はローマ時代、ビザンチン時代に続くヘレニズム時代、ならびにセルチュク時代にはカラケシオンと呼ばれる城塞に囲まれていました。現在の町の名前は町の発達に功績を遂げたアラッディン・カイクバットに由来しています。アランヤ城内部はセルチュク時代の地下水道、ビザンチン時代の教会、カイクバット・スルタン宮殿やセルチュク時代の浴場跡などがのこっており、都市として機能していた証拠を目の当たりにすることができます。またこの城から海に出るとそこは赤い岩とレンガでできた33メートルの高さをもつ八角形の塔で守られた中世から残る造船所に続いています。

 

コンヤ:セルチュク時代の首都・コンヤ 

世界遺産登録申請日:2000225

参照番号: 1404
カテゴリー: 文化

コンヤは多くの文明が交差した地点でセルチュク時代には文化と政治の中心地でした。12から13世紀にかけてこの町はセルチュク朝の首都として機能し、多くのセルチュクの石の彫刻に代表される公共建築物がつくられました。アナトリアの中心地から中央アジア、中東や地中海の沿岸に向かって独特な芸術世界を形成し、コンヤは世界でも注目されるようになりました。コンヤ城塞、アラッディンモスク、神学校や多くの小さなモスクならびに墓はコンヤにおけるセルチュク建築の例です。