それぞれの宗教の信者が縁(ゆかり)の地を訪問ことは「信仰ツーリズム」と呼ばれています。トルコでは信仰ツーリズムという名の下に、数多くの外国からの団体旅行者が訪れ、観光業者によって信仰ツアーが催行されています。アナトリアには信仰ツーリズムにおいて、イスラム教、キリスト教、ユダヤ教に関連する重要な場所がいくつもあります。
イスラム教にとって重要な都市の一つであるイスタンブールは宗教社会学の研究対象ともなる国際的な都市です。世界でも重要な建築物の一つであるスルタン・アフメット・モスク(通称ブルーモスク)、スレイマニエ・モスク、アヤ・ソフィア、聖遺物(トプカプ宮殿博物館)、ネヴェ・シャロームとアフリダ・シナゴーグ、カーリエ博物館など多くの宗教的、歴史的に重要な史跡があります。

博愛・平和主義者で指導者でもあったメヴラーナの霊廟はコンヤにあります。2007年は、メヴラーナの生誕800年を記念してUNESCOにより「メヴラーナの年」と定められ、世界中でその生誕が祝われました。またコンヤ・ベイシェヒルにあるエシュレフォール・モスクは、アナトリアにある木造の柱をもつモスクの中で最も大きく、独特な形を保っています。

ウチシェレフェリ・モスク、バヤジット2世モスク、エスキ・モスクなど数多くの宗教的建築のあるエディルネも重要な宗教都市の一つです。ミマル・シナンが80歳のときに建設し「師匠時代の作品」と呼ばれるセリミエ・モスクは、オスマン芸術および世界建築史の傑作の一つとも言われています。セリミエモスクは2011年にはユネスコの世界遺産リストに追加されています。

セルジューク建築の華麗な例であるアフラトの「ギュムベット」と呼ばれる霊廟は、歴史を現在に伝える壮麗な建築物です。ウル・ギュムベット、フセイン・ティムール・ギュムベット、ブアタイ・アカ・ギュムベット、ハサン・パーディシャフ・ギュムベット、エルザン・ハートゥン・ギュムベット、エミル・バユンドゥル・ギュムベット、ケシシ・ギュムベットはその一例です。

「この門を訪れた者すべてにパンを与えよ。信仰を尋ねるな。」という言葉を残したチャール・ベイとともにアナトリアに移住し、カルス城付近で殉死したエブイ・ハサン・ハラカーニの霊廟と、エブリヤ・モスク・キュリエはカルスにあります。またカルスのアニには、セルジューク時代にアナトリアで初めて建てられたモスクがあります。

ブルサには、イェシル・モスクと霊廟、多数のドームをもつモスク建築のなかでも古典的で記念碑的なウル・モスク、ムラディエ宗教学校、ユルドゥルム・バヤジット宗教学校、エミル・スルタン・モスクなど数多くの宗教的建築があります。

キリスト教宗教大会議の伝統を作るうえで大きな役割を果たした第1回および第7回会議は、キリスト教の指導者の主催によりイズニク(ニケア)のアヤ・ソフィアと大司教宮殿で行われました。

預言者たちの町として知られるシャンルウルファには、「バルクル・ギョル」(聖なる魚の池)、預言者アブラハムが生まれた洞窟、我慢強さの象徴である預言者ヨブの家と霊廟、シュアイプ町など、宗教に関連した数多くの名所があります。

聖典にもその名が見られるハランは、トルコの信仰ツーリズムにおいて重要な場所の一つになっている。三大宗教の預言者の祖先として認められている預言者アブラハムはハランに住んでいたと信じられています。

タルススには聖パウロ教会と聖パウロの井戸があります。またメルシンには、マリアの地(アヤ・テクラ)、オルバ教会、聖母マリア教会、アラハン修道院など多くの史跡が残っています。

新約聖書に書かれている7つの教会の一つ。この教会の名は「永遠に残る」、「我とともに歩け」という意味を持っています。

「マタイの福音書」は、アンタクヤで書かれたといわれています。また聖パウロは、アンタクヤを出て偶像崇拝者に聖書を広める旅を3回行っています。「黄金の口のヨハネ」と呼ばれていた聖ヨハネがアンタクヤ出身であること、「聖典学校」と世界でも古い教会の一つである聖ペテロ教会(記念博物館)がこの地にあることなどから、アンタクヤは宗教的に重要な町となっています。

ハタイの聖ペテロ教会は世界でも古い教会の一つ。イエスを信じる人々に対する「クリスチャン」という名称が初めてこの教会で使われました。1963年には教皇パウロ6世によって巡礼地として宣言されています。毎年6月29日にカトリック教会でミサが行われています。また聖シモン修道院や、聖パウロが聖書を布教するために出発したセレウキア港跡などが現在でも残っています。

セルチュクから約9kmの距離にあるビュルビュル山(420m)にあり1967年にキリスト教徒の聖地とされた聖母マリアの家で、毎年8月15日以降の最初の日曜日にミサが行われています。またここには、聖ヨハネ教会(イエス・キリストの12使徒の一人であった聖ヨハネの墓)、7人の眠り聖人、7つの教会(3つはイズミール、エフェス、ベルガマにある)などがあります。

カッパドキアは、聖パウロが30年に及ぶ布教の旅の際に立寄り、初めての教会建設のために選んだ重要な場所です。自然の岩を削って造られた数多くの教会や洞窟教会内のフレスコ画によって、トルコで最も注目される場所の一つとなっています。ネヴシェヒル県内には、ギョレメの谷、ゼルヴェ、チャヴシン、オルタヒサール、イブラヒムパシャ、ムスタファパシャ、イェシルオズ、アクチャサライなどに2,200以上の洞窟教会があります。

デリンクユのギリシア正教教会の西の入口の上にある10行の碑文に、「この教会は聖テオドロス・トリオンに捧げられた」と書かれています。スルタン・アブドゥルメジット(1839年-1861年)時代に、コンヤ司教のネオフィトスの働きかけにより「マラクポイ」住民の援助を受け、1858年にハルディアス出身の建築家キリアコ・パパドポウロスによって建てられています。

ヤルヴァチのアンティオキア遺跡にある聖パウロ教会も、初期の教会の一つです。紀元46年、聖パウロは聖バルナバと共にこの町に来ており、シナゴーグで初めて公式の説教を行っています。その後、このシナゴーグのあった場所に聖パウロ教会が建てられました。

アンタルヤ県のデムレは、キリスト教世界においてサンタクロースとして知られている聖ニコラウスがこの地で司教を務めたことで知られています。聖ニコラウスはデムレに暮らし、そこで生涯を終えたといわれています。その後、聖ニコラウスを偲んで6世紀に教会が建てられました。毎年12月6~8日にデムレとカシュにおいて、国際サンタクロース・フェスティバルと記念式典が開催されています。

デニズリ市の約6km北に位置するラオディキア古代都市の名は、ヘレニズム時代にこの地域を支配したセレウコス朝のアンティオコス2世(紀元前250年)の皇后ラオディケに由来しています。また、新約聖書の最後の書簡である黙示録に書かれた7つの教会の一つとしても知られています。

旧・新約聖書にちなんだ宗教的テーマのフレスコ画で飾られているアイワルックの教会は、ギリシャ正教の聖地として人々が訪れる場所の一つでもあります。

トルコ東部のワン県に位置するアクダマルはワン湖に浮かぶ島で、10世紀に作られた教会が島には残っています。特に教会の外壁の石の彫刻が特徴的です。

りんごの産地としても知られ、また岩を切り出してつくられたポントス王たちの墓が残るアマシアには15世紀にオスマン帝国のスルタン・ベヤジット2世によってつくられたモスクが残っています。

アールの町はイランとの通商ルート上に位置しており、標高が1640メートルあります。この県で最も有名なのはアララット山で、その特徴的な姿とノアの箱舟の伝説で有名です。アララット山はトルコで最も標高の高い山で5137メートルあります。

マルディンの東の岩がちの場所に建てられた修道院で、かつてはシリア東方正教会総主教の本拠地として使われていました。

トラブゾンから車で約40分の距離に位置するマチュカの町には岩肌に立てられたスメラの修道院があります。ここは14世紀に建てられたギリシア正教の聖母マリア修道院で、緑に囲まれたこの地方の歴史的に重要な建物です。
